長野地方裁判所 昭和56年(ワ)90号 判決 1986年1月30日
原告
青栁剛
原告
青栁信子
右両名訴訟代理人弁護士
中山修
被告
株式会社山口組
右代表者代表取締役
山口和友
右訴訟代理人弁護士
松本信一
主文
一 被告は原告らそれぞれに対し、各金一二三五万六二二四円及びこれに対する昭和五六年五月一四日以降各支払済まで年五分の割合による各金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを七分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らそれぞれに対し、各金一四三二万九八七一円及びこれに対する昭和五五年九月一五日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告青栁剛は、青栁太治(以下「太治」という。)の父、原告青栁信子は太治の母であり、右原告両名は、太治の死亡により同人の権利義務をそれぞれ二分の一の割合で相続により承継した。
2 太治は、昭和五四年三月長野県立長野工業高等学校土木科を卒業し、同年四月建設業を営む被告会社(以下「被告」あるいは「被告会社」という。)に技術者として雇傭されたものであるが、被告会社が建設省千曲川工事事務所から請負った右河川西岸堤防の拡幅工事(以下「本件工事」という。)の現場監督補佐として業務に従事していた昭和五五年九月一四日午後三時ころ、長野市大字大町一七番地松井敏雄方東側の千曲川西岸堤防上においてタイヤローラーを運転中、右タイヤローラーごと右堤防下に転落してその下敷になり、頭蓋底骨折及び頭蓋内出血のため、そのころ同所で死亡した。(以下この事故を「本件事故」と、太治の運転していたタイヤローラーを「本件タイヤローラー」とそれぞれいう。)
3 本件タイヤローラーは、本件工事にあたり堤防上を往来する土砂運搬車によって発生する埃を防止するため、被告会社が他から散水用に借り入れて従業員に使用させていたものである。
4 本件事故は被告会社が労働契約上負っている安全配慮義務を怠ったことに起因するものである。すなわち、被告会社は、労働契約上、労働者である太治をして安全かつ健康な環境のもとに就労させるよう配慮すべく、これを実現するに必要な設備、教育をなしたり労働者を配置したりすべき義務を負っていたものである。これを本件事故に即してみるに、被告会社は、(1)本件タイヤローラーを運転する機会があると予想される太治に対して右運転についての特別教育をし、(2)堤防上におけるタイヤローラーの運転は、機械の転落によって運転者である太治の生命・身体に危険が及ぶおそれが大きいから、本件タイヤローラーを使用するにあたっては誘導者を配置すべきであったし、更にさかのぼれば、(3)右特別教育を受けていない太治が誘導者もいない状態で本件タイヤローラーを運転することを禁止し、太治が運転する必要が生じないよう要員を配置すべきであった。しかるに、被告会社がこの安全に対する配慮義務を怠ったため、本件事故が惹起されたものである。
5 本件事故により太治及び原告らに生じた損害は次のとおりである。
(一) 太治の逸失利益 金二八〇五万六七七七円
太治は、本件事故当時満二〇歳(昭和三五年六月六日生)の健康な男子であったから、生存していれば満六七歳までの四七年間稼働しえたものと推定される。従って、右期間中に太治が得たであろう所得額を男子の年令別平均給与額(昭和五四年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の年令階級別給与額を一・〇六七四倍したもの)を基礎に算出し、これから生活費として五割を控除し、更にライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息の控除をして、太治の死亡時における逸失利益を算定すれば、金二八〇五万六七七七円となる。(算定の詳細は別紙計算書<略>記載のとおり)
(二) 慰藉料 金一〇〇〇万円
(1) 太治は本件事故によって満二〇歳で死亡したものであり、その精神的苦痛は極めて甚大で、これを慰藉するに足りる金額は金一〇〇〇万円を下らない。
(2) 太治の死亡により原告らが父母として受けた精神的苦痛は甚大であるから、原告らに固有の慰藉料は各自金五〇〇万円を下らない。(原告ら固有の慰藉料は、(1)の、いわゆる死者の慰藉料が否定されることを条件に主張する。)
(三) 過失相殺
本件事故発生については、太治にも過失のあることは否定しないが、同人の従業員としての立場等諸般の事情からいって、その割合は三割以内が相当である。
(四) 弁護士費用 金二〇二万円
6 よって、原告らは、それぞれ被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、各金一四三二万九八七一円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五五年九月一五日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2は認める。
2 同3のうち、被告会社が本件工事現場で本件タイヤローラーを使用していたことは認めるが、その余は否認する。
3 同4のうち、被告会社が従業員に対し、労働契約に基づいて一般的な安全配慮義務を負っていること、太治がタイヤローラーの運転について特別教育を受けていなかったこと及び太治が本件タイヤローラーを運転した際に誘導者がいなかったことは認めるが、その余は否認する。
4 同5は争う。
三 被告の主張
1 工事にともなう防塵処理としての散水は、本件工事個所を含め土砂運搬路全般にわたり北野建設株式会社が担当していたものであるし、又、被告会社としても散水専用にタンク付二トン車を常備していたのであるから、被告会社が防塵処理のために本件タイヤローラーを使用する必要はまったくなかった。
2 本件タイヤローラーの運転は、被告会社の下請である高見沢株式会社の従業員で、法規上定められたタイヤローラーの運転技能講習を受けた者がなすことになっていたから、被告会社が太治に対してタイヤローラーの運転技能等について教育する必要はなかったし、又、太治が本件タイヤローラーを運転する必要もなかった。
3 太治は、本件工事の現場監督の補佐として作業の指揮監督及び工事の安全進行等を総合管理すべき立場にあったのであるから、運転技能講習を受けていない者がタイヤローラーを運転しようとした場合、むしろこれを制止すべき義務があった。そして更に、本件事故当日、被告会社代表者は、本件工事現場で、直接太治に対し、当日の工事の施行上及び安全管理上の諸注意及び指示を与えている。
4 本件タイヤローラーは、多車輪構造であり安定性があり、容易には転倒しない。本件事故は、太治が堤防上を走行している本件タイヤローラーの進路がはずれているのに気付かないまま運転を続けたため堤防下へ転落したという、太治の一方的な過失に基づく事故であるから、被告会社が責任を追及されるいわれはない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1、2及び4は否認する。
2 同3は争う。
第三証拠関係(略)
理由
一 請求原因1及び2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 本件事故による太治の死亡が、被告の安全配慮義務不履行に起因するか否かを検討する。
1 通常の場合、雇傭契約の一方の当事者である労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し、又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である。そして、右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供の方法、場所等の安全配慮義務が問題となるべき具体的状況によって異るべきものであるから、これを本件の場合に即して検討することとする。
2 (人証略)、被告会社代表者尋問の結果(後記措信しない部分は除く)並びに弁論の全趣旨によれば、本件工事は、千曲川西岸の在来堤防に沿って盛土し、新たな堤防を築くことを内容とするものであったところから、盛土に用いる土砂を下流の小布施橋方面からダンプカーで運搬する必要があり、右土砂運搬に伴って発生する砂埃によって在来堤防周辺の果樹等に被害を及ぼすおそれがあったため、工事請負契約において請負業者である被告会社にも土砂運搬路である在来堤防上道路の散水等を含めた防塵処理作業をなすことが義務づけられていたこと、及び、被告会社においては、防塵のための散水の必要が生じた昭和五五年九月はじめごろ、本件タイヤローラーを右散水作業に使用する目的で東和創建有限会社から借り受け、被告会社担当工区の散水作業に使用していたことが認められる。被告会社代表者尋問の結果中の、被告会社が散水義務を負っていたこと及び本件タイヤローラーを散水作業に使用していたことを否定する供述は、(人証略)に照らし措信できない。
3 太治は、本件タイヤローラーを運転していて堤防上から堤防下に転落し、死亡するに至ったものであるが(当事者間に争いのない請求原因2の事実)、(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合して認められる、本件事故現場は、かねて太治以外の被告会社の従業員が本件タイヤローラーの水タンクに取水していた場所である、本件事故現場より上流の堤防を下った付近の小川から、本件事故当日の被告会社工事施行個所への途中通過地点にあたるとの事実及び本件タイヤローラーは、堤防天端上を上流方向から下流方向へ向かって進行してきて、転落地点の堤防のり面を斜めにずり落ち、ついには横転したとの事実、原告青栁剛本人の尋問の結果によって認められる、本件タイヤローラーが横転していた場所付近には、本件事故直後大量の水がこぼれていたとの事実、(証拠略)によって認められる、被告会社では、本件事故日の前日までは、本件タイヤローラーによる散水を、一日のうち午前に三回、午後に三回くらい行っていたとの事実及び、本件事故当日も天候や工事内容の点から防塵処理のための散水作業を必要としていたもので、同日の午前中太治が本件タイヤローラーを運転して散水作業をしている姿を隣接工区の現場監督であった春原功治によって現認されているとの事実、以上の諸事実を総合すれば、本件事故は、太治が本件タイヤローラーで散水するための水を右タイヤローラーの水タンクに補給した後堤防天端上を当日の被告会社の作業個所に向う途中で発生したものと推認でき、右認定を左右するに足りる証拠はない。
4 ところで、前記請求原因2の事実並びに証人朝日明茂の証言及び被告会社代表者尋問の結果によれば、太治は、昭和五四年四月に被告会社に技術者として雇傭されてから本件事故に至るまで、主に建設土木作業現場で現場管理の業務(主要な仕事の内容は、工事現場の状況を写真に撮影しこれを整理して監督官庁へ提出する写真管理、材料の品質と納入の有無、程度を調査したり盛土の締固めの具合を管理する品質管理、工程表に従って工事の進行程度を管理する工程管理、工事内容が設計どおりであるか、規定に合っているかを管理する出来型管理及び作業員等の安全確保を図る安全管理がある。)に従事してきていたもので、本件工事現場でも、現場代理人の立場にあった被告会社従業員朝日明茂(以下「朝日」ともいう。)の補助者として現場管理の業務に従事していたものであることが認められるから、本件タイヤローラーを運転して散水作業を行うことは、本来太治がなすべき業務に包含されてはいなかったものといえる。
しかしながら、証人朝日明茂の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件工事の現場代理人であった朝日においても、被告会社の従業員となってから、工事現場で無資格の従業員からタイヤローラーの運転方法を教示され、何度となく無資格のままタイヤローラーを運転していたが、その間一度も被告会社の代表者や他の従業員からそれを制止されたことはないこと、及び、本件工事現場での散水用に本件タイヤローラーを借り受けてからも、被告会社の従業員中、ただ一人のタイヤローラーの運転資格を有する従業員である吉村昌夫は、作業の進行状況観察のために時折工事現場を訪れるにすぎなかったのと、工事現場にはタイヤローラーの運転資格を有する下請業者の従業員がいたとはいえ、これらの者は、それぞれ搬入した重機を使用して自己の労務に専念していて、被告会社でなすべき散水作業を依頼し難かったところから、朝日が無資格のまま自ら本件タイヤローラーを運転して散水作業をしていたもので、なお、その際太治を同乗させてタイヤローラーの運転方法を教えたこともあったことが認められるから、当時の本件工事現場の作業人員や被告会社の慣行、及び朝日の従事していた現場管理という業務は、必らずしもその内容が明確に限定されたものではなく、作業を円滑に進行させるためにはある程度臨機応変に処置することも要請されていたと考えられることなどに照らすとき、朝日が本件工事現場で本件タイヤローラーを運転して散水作業を行ったことは、右現場に限定するかぎり同人の提供すべき労務の一部となっていたとみることができる。そして、右に認定の事情と、被告会社代表者尋問の結果により認められる、被告会社代表者自身少なくとも一日おきくらいの割合で本件工事現場に出向いていたとの事実を合わせ考えれば、被告会社としても朝日その他の運転資格のない被告会社従業員が本件タイヤローラーを運転しなければならない状況にあったことは当然認識しえたはずであり、更に、朝日が本件タイヤローラーを運転して散水作業を行っていたが故に被告会社が工事請負人としてなすべき防塵処理義務を履行しえたのであるから、被告会社としては、朝日など被告会社の従業員が本件タイヤローラーを運転することを是認していたものと推認することができる。被告会社代表者の尋問の結果中の、本件タイヤローラーの運転に関する被告の主張2に沿う供述は、証人朝日明茂の証言及び弁論の全趣旨に照らし措信できず、他に右主張を認めうる証拠はない。
しかして、成立に争いがない(証拠略)並びに証人朝日明茂の証言によれば、本件事故当日は休日であったが、工事を進行させる都合で本件工事現場で作業が実施され、私用で朝日が欠勤して、太治のみが被告会社の従業員として本件工事現場に出向いたことが認められるところ、当日は快晴で、堤防上の散水作業をする必要があったことは前認定のとおりであり、(証拠略)によると、当日の作業の状況は平日とさして変らなかったと認められるから、太治としても朝日同様に下請業者の従業員に本件タイヤローラーの運転を指示することができない状況にあったものと考えられ、太治がかねて朝日から本件タイヤローラーの運転方法を教えられていたことをも合わせ考えれば、当日は、太治が自ら本件タイヤローラーを運転して散水作業を実行すべき客観的状況にあり、太治自身もそのように認識していたものと考えられる。そして、証人朝日明茂の証言によれば、当日の従業員の出勤状況については事前に朝日から被告会社代表者ら管理者に通告ずみであったと認められるから、この日の、太治が散水作業のためタイヤローラーを運転しなければならないような作業現場の状況は被告会社でも当然に予見しえたものと推測される。なお、証人朝日明茂は、本件事故の前日太治に対して本件タイヤローラーを運転しないよう注意したと供述するが、右供述は、前記の諸事情に照らし到底措信できない。
以上認定したところからすると、本件タイヤローラーによる散水作業は、太治が被告会社から明示的に提供すべき旨を命じられていた労務ではなかったが、現場代理人の朝日が欠勤して現場管理のすべてをゆだねられた者として本件工事現場に臨んだ被告会社の従業員として、右の作業をなすことを余儀なくされていた状況にあったものであり、一方被告会社でも暗黙のうちにこれを是認していたものと推測される以上、右の散水作業は、当時太治が被告会社に提供すべき労務の内容に含まれるものとなっていたといわざるをえない。
5 しかるところ、(証拠略)並びに原告青栁剛本人の尋問の結果を総合すれば、タイヤローラーは、本来その重量を利用して転圧をなす機械であって、これを道路において運転するには道路交通法上大型特殊免許を有することが求められ(同法八五条)、工事現場での使用についても労働安全衛生法上特別教育を義務づけられており(同法五九条三項、労働安全衛生規則三六条)、又、車両の特徴として、ハンドルがとられやすく重心も高いし、運転座席は車体の右後部の高い位置にあり(本件タイヤローラーは、座席位置が車体の先端から約三・五メートルのところにあり、運転者の目の高さも地上約二・九メートルになる。)、車輪全部が本体によって覆われているため、特に車体の前方及び左側の死角が大きく、必要に応じて助手が同乗して監視や誘導ができるような設備が付いていることが認められる。(<人証判断略>)加えて、(証拠略)及び証人朝日明茂の証言によれば、本件タイヤローラーによって散水していた場所は幅員六ないし七メートルの堤防上であったことが認められ、又、証人朝日明茂の証言及び原告青栁剛本人の尋問の結果によれば、本件事故後もその付近の堤防上で他社のタイヤローラーが転落事故を起こしたことが認められ、更に、(証拠略)によれば、被告会社の担当工区より更に下流の第二工区の築堤工事を請負った北野建設株式会社では、転落事故を防止するために重機等が路肩に寄らないように従業員に注意を促したり、路肩付近での重機を用いた作業には誘導者を配置したのみならず、タイヤローラーによる散水は有資格者が担当しても危険と判断し、タイヤローラーを散水に使用することを断念したといういきさつがあることが認められるから、被告会社は従業員が本件タイヤローラーを運転中に路肩を踏みはずして堤防下に転落し死傷事故を起こす危険のあることは予見しえたものといわざるをえない。
そうすると、まず、被告会社が、従業員に堤防上で本件タイヤローラーを運転させるにあたっては、転落事故を防止するため、誘導者を配置してタイヤローラーの誘導をさせ、もって作業の安全をはかるべき具体的な配慮義務があるといいうる。しかるに、本件事故当日、太治が堤防上で本件タイヤローラーを運転するにあたり、被告会社がこれに誘導者をつける等の処置をとっていなかったことは当事者間に争いがないから、被告会社が、太治の使用者として、同人に対する安全配慮義務を怠ったことは明らかである。
更に、証人朝日明茂の証言によれば、被告会社の本件工事についての下請業者(高見沢建設株式会社)の重機オペレーターは皆タイヤローラーの運転資格者であり、被告会社の工区の散水作業は一回に約一〇分を要するにすぎなかったことが認められ、前記のように、タイヤローラーの運転には危険が伴い、ことに無資格者が見よう見まねでこれを運転するときは事故を惹起するおそれがあることはたやすく想定しうるところである。そうとすれば、被告会社は太治に対し、散水作業のためであっても、本件タイヤローラーを運転することを禁止するとともに、現場管理にあたる者の裁量にゆだねることなく、被告会社として、直接下請業者ととりきめをして、有資格者が本件タイヤローラーを運転して散水作業を行うよう段取りをつけるべきであったのに、かえって、従来から朝日明茂などの無資格者が本件タイヤローラーを運転するのを放置容認し、とりわけ本件事故当日は経験の浅い太治のみが現場管理にあたることを知りながらなんらの措置も講じなかったのであるから、この点において、被告会社には、太治に対する安全配慮義務の不履行があったものというべきである。
そして、これまでに認定した事実からすれば、被告会社において前記のような安全配慮義務を履行していれば、本件死亡事故の発生を未然に防止しえたことは明らかであるから、本件事故は、被告会社の右安全配慮義務の不履行により発生したものということができる。
なお、被告は、本件事故は、太治の一方的過失によるものであると主張する(被告の主張4)が、本件全証拠によるも右主張を認めるに足りる証拠はない。もっとも、本件事故発生に前方注視義務を尽さなかった等の太治の過失がその原因の一半をなしているであろうことは経験則上否定できないところであるが、前記のとおり使用者たる被告会社が太治に対して具体的な安全配慮義務を尽していない本件では、右は被告の責任を否定せしめる事情とはなりえない。
したがって、被告は、本件事故によって被害を被った太治に対しその損害を賠償すべき義務がある。
三 太治の死亡による損害について判断する。
1 前記争いがない請求原因2の事実並びに(証拠略)によれば、太治は、昭和三五年六月六日生まれで、本件事故当時は満二〇歳であり、高等学校を卒業後昭和五四年四月から被告会社に雇傭され、昭和五五年九月一四日本件事故で死亡したが、昭和五五年一月以降死亡の前月までの八か月間に、被告会社から、基本給、賞与、各種手当を含めて九九万九九九四円(税金等未控除の額)を支給されていたこと、同人は健康で、被告会社に在勤中一度も欠勤したことがなかったことが認められる。
ところで、逸失利益の算定にあたっては安易に統計資料によるべきではないが、前記認定の所得金額を二分の三倍して昭和五五年度一年間の所得に引き直してみると一四九万九九九一円となり(被告会社代表者尋問の結果によれば、太治の年末賞与は夏期賞与より多額になったはずであったことが認められるから、実際の所得額は右算定額より多額となったであろうと推測される。)、又、原告青栁剛本人の尋問の結果によれば、太治は、被告会社に勤務するかたわらタクシー運転手である右原告とともに農業にも従事していたもので、その年間収入が一四〇万円ないし一五〇万円であったことが認められるから、この分の所得収入をも合わせれば、太治の収入は、満二〇歳の男子の平均所得である一七〇万二八〇〇円(昭和五四年賃金センサスを基礎としてこれを一・〇六七倍して得た数値、成立に争いがない<証拠略>によりこれを認める。)を下らないものと推測される。そして、被告会社がその雇傭する従業員に支給する給料が、年令、勤務年数に応じて年々上昇してゆくであろうことは経験則上容易に推認されるにもかかわらず、被告会社には給与体係が確立されていることをうかがわしめる証拠はなく、更に、太治が将来にわたり被告会社に在籍したであろうとの確証もない。従って、本件にあっては、統計資料を使用して逸失利益を算定するほうが、より蓋然性、客観性のある損害額を算出できると考えられる。
しかるところ、太治が生存していれば満六七歳までの四七年間稼働しえたものと推定されるから、右期間中に太治が得たであろう所得額を男子の年令別平均給与額(昭和五四年賃金センサス第一巻第一表産業別計・企業規模計・学歴計の年令階級別平均給与額を一・〇六七倍したもの)を基礎とし、太治の生活費として各年度収入から五割を控除し、更に年五分の割合による中間利息の控除をライプニッツ方式を用いてなし、太治の死亡時における逸失利益の現価を算定すれば、二七八五万四〇八〇円(円未満切捨て)となる。(算定の詳細は、別紙のとおり。ただし、二〇歳の給与年額を、死亡前に取得したであろう昭和五五年六月分から同年八月分までの収入にあたる四分の一の額を控除した一、二七七、一〇〇に改める。)
2 太治がその死亡によって精神的に甚大な苦痛を受けたことは容易に推認しうるところであり、本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、右苦痛を慰藉すべき金額は一〇〇〇万円が相当である。
3 原告両名も認めている太治の過失の割合について検討する。
本件証拠によっても、本件事故の具体的原因、態様は明らかになしえないのであるが、既に認定した本件タイヤローラーの構造や、堤防のり面にずり落ちた痕跡が残されていたという現場の状況からみて、太治が堤防の天端上を本件タイヤローラーを運転して走行中、なんらかの理由で左に寄りすぎて本件タイヤローラーの車輪の一部を脱輪させ、斜めに堤防のり面をずり落ち、その際車体が大きく傾いたためバランスを失って横転したと推認される。
前認定の本件タイヤローラーの使用目的、構造、重量等からすれば、タイヤローラーは、いったん不安定な姿勢となった場合には回復が極めて困難であること、及び横転するに至った場合には、運転者がタイヤローラーの下敷になるなどして重大な死傷事故にいたる危険性が大きいことは、運転経験の浅い者であっても容易に予見できるといえるから、タイヤローラーの運転者たる者は、堤防のり面に斜めに落ち込むがごとき事態を絶対に招来しないよう注意して運転する義務があったものであり、太治には右の注意義務を怠った過失がある。
そして、本件の被告会社の安全配慮義務違反の内容、程度と、太治の前記過失のそれとを比較対照すれば、労働災害という特性を考慮しても、過失の割合は六対四というべきであるから、前記認定の損害額からその四割を過失相殺として控除すべきである。
4 原告両名が、太治の父又は母としてそれぞれ二分の一の割合で太治の権利を相続したことは、当事者間に争いがない。
5 原告青栁剛本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告両名は、本件損害賠償の任意支払を受けることができず、本訴訟の提起追行を弁護士である原告ら代理人に委任し、その際手数料として三五万円を支払ったほか、報酬として長野県弁護士会報酬規定一八条一項による標準額を支払う約束をしたことが認められるから、本件事案の内容、審理経過、認定額に照らせば、本件債務不履行に基づく損害として賠償を求めうる弁護士費用は、原告両名それぞれにつき一〇〇万円宛をもって相当とする。
6 以上によれば、原告両名の被告に対する損害賠償債権額はそれぞれ一二三五万六二二四円となる。
四 原告両名は、それぞれ本件事故の翌日である昭和五五年九月一五日以降につき遅延損害金の支払を求めている。しかしながら、債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから、本件では、前記認定額全額について訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年五月一四日から遅滞に陥ったこととなるので、同日以降の分について認容できるものである。
五 以上の次第で、原告両名の本件請求は、それぞれ、金一二三五万六二二四円及びこれに対する昭和五六年五月一四日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるものとして認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 佐藤道雄 裁判官小池喜彦は転補のため署名、捺印することができない。裁判長裁判官 秋元隆男)